蒼釼のドラグーン




第一話 メイル編プロローグ


 夜空に蒼い軌跡を残し、流星が降りそそぐ。濃紺の宵闇、星々の天蓋(てんがい)が広がる海峡の夜。胸を透く美しい静寂を破り、ライドギアの駆動音が響く。 黒鋼の巨人が星空を飛翔し、前方の黄金竜を追った。

「追撃せよ、駆逐せよ」

 黒鋼の巨人――ライドギア・インフェルノを駆るブロスの口元が、無感情な声を発する。インフェルノの搭乗席は蜘蛛の巣のように密集するパワーケーブルに侵食されていた。搭乗者であるブロスの身体は、無数のプラグコードに直結されている。自身の意思が感じられない虚ろな眼。ニムロッドに幽体を侵食され、ブロスの自我というものは幾許も残っていないようだった。

 前方を逃げるように飛翔する黄金竜――ライドギア・スペリオールラグーンに搭乗したメイルは、未だ攻撃の決心がつかないかのように、鋭爪の切っ先を鈍らせている。

「ロンド【輪舞】」

 ブロスが短く言葉を発すると、古代魔術《エンシェントルーン》の蒼い粒子が舞い、インフェルノから神速の連続攻撃が展開される。

「シールド展開――!」

 メイルはスペリオールラグーンから魔力シールドを広げる。蒼い魔方陣が広範囲に展開され攻撃を受け止めるが、インフェルノの勢いに押されていた。スペリオールラグーンが断崖に背を着く。隙が出来た瞬間、インフェルノが竜騎士の槍撃を見舞う。渾身の一撃が、スペリオールラグーンのシールドを破る。スペリオールラグーンは破損し、谷底に叩き落とされた。

「アグニ【爆炎】」

 インフェルノは墜落したスペリオールラグーンに追い打ちをかけるように、爆炎の攻撃呪文を放った。スペリオールラグーンが炎に包まれ落下する。インフェルノが谷底へ駆動し、ショートするスペリオールラグーンに馬乗りになる。インフェルノはスペリオールラグーンの搭乗席に竜騎士の槍を振りかぶり――串刺しにした。黄金の装甲が貫かれる。

「ああっ!」

 メイルが呻く。インフェルノは竜騎士の槍で、スペリオールラグーンを滅多刺しにした。一方的な殺戮。

 インフェルノが竜騎士の槍をふるうたびに空間が黒色に変質していき、辺りが温度のない灰色の空、影絵のような森に囲まれる。幽世(かくりよ)の陣。ブロスの指輪にはめられたギアストーンが作り出す像――ブロスの心象風景に、あたりが塗りつぶされてゆく。

 それは生というものが一切感じられない、美しく荒廃した地獄だった。灰色の空に、重なる枯れ木のシルエット、静かに響くストリングスの音色。胸をつく叙情と孤独の空間。メイルはブロスの心の内を見た気がして、胸が締め付けられた。

「ブロスさん――」

 メイルは搭乗席に突き刺さる竜騎士の槍によって負傷しながら、ブロスに呼びかけた。反応はない。インフェルノは、荒廃の地獄の情景のなか、絶え間なくスペリオールラグーンを責め苛む。

 竜騎士の槍がメイルの心臓を貫かんとする、まさにその瞬間だった。インフェルノの攻撃が止まる。

「……やめろ……」
「……メイルを傷つけるな……」

 インフェルノの搭乗席にブロスの声が響いて消えた。搭乗席に密集するプラグコード、パワーケーブルの狭間から、ブロスの両腕が露出される。ブロスは渾身の力で機械の拘束を引き千切った。搭乗席の通信にブロスの半身が現れる。

「何をしている!! 長くは保たん、早く私にとどめをさせ!!」

 ブロスがスペリオールラグーンの搭乗席で放心しているメイルを叱咤する。メイルの唇はわななき、攻撃呪文を発せられない。

「ブロスさん、やっぱり私にはできません……!」

 メイルの双眸から涙が流れ、搭乗席で力なく両手を脱力させながら、インフェルノの機体から眼をそらす。ブロスは一瞬逡巡したが、いつもと変わらない様子で応えた。

「大丈夫だメイル、私は死んだりしない」

 メイルを安心させるための――決死の覚悟で見せた笑顔が、通信で搭乗席に映った。

「――っ」

 その笑顔と言葉を、初めて会った時もブロスは見せ、口にしていた。ブロスは窮地に陥った時ほど、メイルを安心させようと優しい笑顔を見せてきた。だが昔と今では情況が違う。メイルもスペリオールラグーンも成長し、スペリオールラグーンの全力をもってすれば、インフェルノの装甲は砕け、大破してしまうだろう。

"――共に戦う竜騎士であると誓おう"

"――君は信頼できるパートナーだ"

"――いい子だな、メイル"

 ブロスの大きな手がメイルの頭を撫でる。大きな掌の感触すら鮮明に思い出すことができる。それがメイルにとってどんなに心の救いになったか――。

 メイルは苦悶する。やるべきことはわかっている――だが心がそれを拒否していた。メイルは、ブロスの心が作り出した孤独な情景、静かに響く弦の音色の中で、血が滲むほど唇を噛み締める。

「私は――私は――、いい子なんかじゃありません。自分自身に自信がないから、人の目が気になって「いい子」の枠から外れることができない臆病者です。ブロスさんが褒めてくれるから頑張っていただけの、封珠の御子といえばきこえはいいけど、力を持った人形でした。でも――」

 メイルは双眸に涙を溜めながら続けた。

「人形の私を、ブロスさんは信頼していると、パートナーだと認めてくれました。私はブロスさんとの信頼関係に――自分自身を肯定できる『本物』を感じていたんです」

 ブロスは沈痛な面持ちで、メイルのたどたどしい言葉を聴いている。

「キミは信頼できるパートナーだメイル。それは今も昔も変わらない。私が完全にニムロッドと同化して、キミと護龍を破壊する前に――私を殺してくれ――」

 ブロスは、その言葉が持つ残酷さにメイルが押しつぶされそうになっているのを承知で言った。通信に映るブロスを真っ直ぐ見つめるメイルの双眸から、大粒の涙がこぼれる。

「私の中に、時間の集積で出来た『本物の想い』があっても、ブロスさんを失えばそれはただの傷になり、思い出しても手の届かない記憶に変わってしまいます。私はブロスさんを失いたくありません――!」

「人間は記憶という名の傷を重ねて生きていく。傷があるならばキミは人形などではない、本物の人間だ。キミの傷の一つになれたなら、私が死ぬ事はない。キミの中に生きた軌跡を残せたのだから――」

 ブロスは通信で、メイルの瞳を見据えて続ける。

「――私はこの暗く冷たい心象風景のように、言葉に出来ない叙情と弦の音色を慰めに生きてきた空虚な人間だった。だがキミという純粋な理解者を得て、私の心の中にも暖かいものがあることを知ったよ。私はキミとの生き方に悔いはなかったぞ。――だからメイル、ためらうな!」

 ブロスが飛ばす檄にメイルが意を決したかのように、力なくうなだれていた搭乗席から身を起こした。

 出力最大展開。目標は目前のインフェルノ。

 スペリオールラグーンの動力炉に古代魔術《エンシェントルーン》のエネルギーが白色の燐光を帯びて収束してゆく。

「打ち砕け、スペリオールラグーン! 光の奔流――エンリ【光柱】!」

 メイルが攻撃呪文を唱える。スペリオールラグーンから発現される光と呼応するように、メイルのかざす右手にはめられた蒼い指輪が輝いた。

「それでいい――キミは私の心を照らす光だった」

 ブロスが静かに微笑んだ。

「うああああああああああああああああああああああああ!!!」

 メイルは声にならない声をあげていた。双眸には涙がとめどなくあふれている。

 瞬間、スペリオールラグーンから発せられる光の柱で、ブロスの心象風景につつまれた空間が砕けてゆく。ガラスのように砕ける漆黒の情景と溢れる光の邂逅。光は黒色の破片を残すことなく飲み込み、インフェルノのシルエットは跡形もなく、輝く黄金に塗りつぶされた。



第二話 黄金の意志



 広い花園の一角で、メイルは淡いピンク色のコスモスの苗を手にしていた。ふかふかした暖かい土を両手ですくい、コスモスの苗を丁寧に植えていく。コスモスの花壇を作ると、メイルは額の汗をぬぐった。

 コスモスの花壇の正面には、朽ち果て花園の一部となった、大きな像があった。翼を広げる荘厳な姿。色あせた鉛色の身体にくまなく苔や植物の蔓が這い、所々花を咲かせている。この像は、太陽神を模した『シャマシュ』と呼ばれる花園の守り神だ。メイルは花園の植物が健やかに育つことを祈って巨大なシャマシュに手を合わせる。

 メイルは水場で手を洗った。腰まである淡色のサイドポニーテールを揺らし、白いワンピースをひるがえしてジムダルの元へ駆ける。白いサンダルの靴底が石畳を打った。

「終わりました。ジムダルのコスモス、とっても綺麗ですよ」

「今年もいい苗だ。世話はしっかりな」

 熊のような低い声で応えた庭師のジムダルは、バラ園の手入れをしていた。逞しい体躯に、日に焼けた肌、白髪に白髭、庭師の格好。初老にさしかかろうとしている年齢で、メイルが幼いころからメイルの側にいて、面倒を見てきた。

「お昼の時間にしませんか?準備してきます」

 メイルはそういうと、日当たりのいい、ガラス張りの炊事場でタマネギのスープ、ライ麦パンにベーコンと野菜を挟んだサンドイッチを作った。野菜は全て農園でジムダルと収穫したものだった。ティーセットを取り出して、ジムダルに教えてもらった手順で紅茶を淹れる。それらを銀色のトレーに載せると、花園の中心にあるガーデンテーブルに運んだ。

「怖い夢を見たんです」

 メイルがサンドイッチを頬張りながら、小さな声で言った。

「またか?」

 ジムダルはごつごつした手で華奢なティーカップを持ち、紅茶を飲みながら眉を寄せた。メイルは憂鬱そうに、こくん、と頷くと、夢の内容を続けた。

「知らないはずなのに――私のお父さんとお母さんがいるんです。「寂しい思いをさせたな」って優しく話しかけてくれて、私は凄く安心した気持ちになるんです。会ったことないけど、両親がいたら――こんな感じなんだろうなって」

 ジムダルは真剣な顔で、静かにメイルの話を聞いている。

「でも、突然あたりが暗くなって、お父さんとお母さんは大勢の人に囲まれて――その、殺されてしまうんです。私は見たくなくて、やめてって叫んでも届かなくて、起きると、私は涙を流して呆然としていました」

「――忘れたほういい」

 ジムダルは、絞り出すように、掠れた声で応えた。メイルが、意を決したように口を開いた。

「ジムダル。私の――お父さんとお母さんはどこにいるんですか? どうして私は生まれたときからこの花園にいて、外に出てはいけないのですか? ジムダルは、私の世話をずっとしていてくれるけど、どうしてですか――?」

「お前の両親のことは――知らん。お前はこの花園の揺りかごに置き去りにされていた。儂は、庭を転々とする、ただの庭師だ。この花園にはお前がいたから、長く居着いているがな」

 ジムダルが、メイルの疑問に立て続けに応えた。

「外の世界は、知らんほうがいい」

 会話の終わりを匂わすように、ジムダルが飲みさしのティーカップを置いた。メイルは、サンドイッチを頬張りながら、なにか考えているようだった。しばしの沈黙のあと、メイルが口を開く。

「花園にある大きな像――シャマシュは太陽神の像だとききましたが、どこの神話の神様なんですか? 書庫の本を読んでも、見つけることができませんでした」

「エドゥアルドの民という民族の神話だよ。シャマシュは太陽神、万物の恵みの源である。エドゥアルドの民や、一部の文明では、太陽を象徴するものを王と呼んでいた。そのくらい、太陽は万物にとって必要不可欠なもので、それを象徴する者も偉大だったのだ」

 ジムダルは遠い神話に思いをはせるように、目を細めてメイルに話す。メイルはジムダルのこういった話を聞くのが好きだった。

「じゃあ、ここでお花達やシャマシュを管理しているジムダルは、花園の王様ですね」

 メイルがそういうと、ジムダルが苦笑した。

「そうだ。儂の最後の王国だ」

 メイルがふふ、と笑うと、持っていたティーカップに視線を落とす。琥珀色の紅茶に、メイルの顔が映っていた。

「私は、私の事を、なんにも知らないんです」

「誰だってそんなもんだ。自分自身を知っていも、記録や記憶を剥いていくうちに、確固たる中身などなく、目に滲みて泣くってはめに陥る。タマネギみたいにな」

 ジムダルがタマネギのスープをスプーンで掬い、冗談めかして言った。

「ジムダルも、自分の事がわからないんですか?」

「わからん。だから気休めに、花をいじっているのかもな。ご馳走だった。今日もうまかったぞ」

 ジムダルは食事を終えると立ち上がった。メイルは食器を片付けると、庭仕事に戻ろうとするジムダルの服の裾を引っ張った。

「お願いがあるのですが……」

「いつもの『あれ』がみたいのか?」

 メイルが頷く。ジムダルは、石畳をメイルと歩き、大きな噴水を抜けると、鍵を取り出して石造りの神殿(ジグラッド)の扉を開いた。神殿(ジグラッド)の中は、天井がガラス張りになっているため、太陽光が差し込んでいた。暖かな空気で満ちている。メイルとジムダルが歩を進める広間の中心には、太陽光を反射して輝く、巨大な黄金像があった。

「――スペリオールラグーン。この黄金竜には、どんな意味があるのですか?」

 メイルが巨大な黄金竜を見上げ、隣にいるジムダルの表情を伺った。

「黄金とは、物質的な意味を差すものだけがそう呼ばれるわけではない。黄金の意志というものがある。誰の心にもある、最も美しい部分だ」

「最も美しい部分とは? お花を綺麗と感じる心――ですか」

「その心が理不尽に傷つけられ、踏みにじられそうになったとき。『人の為に戦う意志』が黄金なんだ。この黄金の意志は誰の心の中にもある」

「私の心の中にも?」

 メイルが白いワンピースの胸元に両手を置いて、ジムダルに尋ねた。

「勿論だ。これは、お前を花園で見つけたときに、お前が掌に握っていた指輪。お前の出自を握る大事な指輪だ。無くすといけないからお前が大きくなるまで預かっていたが、今渡しておこう。この指輪と、『誰かの為に戦う意志』を、絶対に手放すなよ。もし今後、お前の身が危なくなったら、この二つに祈るんだ。いいな」

 真剣に話すジムダルが手渡してきたのは、メイルの瞳と同じ色の蒼い宝石が台座にはめられた、美しい指輪だった。メイルは受け取って、指輪を眺める。

「凄く綺麗な石ですね――でもなんだか、懐かしい」

 メイルは指輪を右手の薬指にはめると、太陽の光に蒼く透き通る宝石を透かして微笑んだ。ジムダルはその様子を見て、安堵の表情を浮かべている。

 その時だった。花園の外から爆撃にも似た音が響く。不審に思ったジムダルとメイルが花園に戻ると、花園を形成していた空間が、割れたガラスのように大きく破壊され、欠けている。その側には、黒紫の流線的なフォルムを持った巨大な機械兵が、不気味な黒斑を周囲に浮かべて佇んでいた。

「ジムダル、これは一体……」

「発見!! 封珠の御子発見しました、ドラゴ将軍!!」

 割れた空間から複数の武装した者達が表れ、叫んだ。メイルの側にいるジムダルを見るなり、威嚇のためか、ジムダルの足下に発砲する。

 ドラゴ将軍と呼ばれた、先頭で軍隊を指揮する男は、猛禽類のような鋭い目つきをしており赤毛をオールバックに撫でつけ、頬に入れ墨があった。屈強な体躯で、独特の威圧感を放ち、軍隊を指揮している。

「動くな! エドゥアルドの王(ルガル)・ジムダル! 封珠の御子を引き渡せ!」

「メイル。さっきの広間に逃げろ。鍵を掛けて、しばらく出てくるな」

 ジムダルはメイルに神殿(ジグラッド)の鍵を渡すと、メイルを花園の奥に追いやろうとした。

「どういうことですジムダル!? どうするつもりですか!?」

「いいから行け! ――もし儂が戻ってこなかったら、その時は祈れ、指輪とスペリオールラグーンに。――行け!!」

 メイルはジムダルに命じられるまま、スペリオールラグーンのいる神殿(ジグラッド)へと走った。ジムダルが心配で振り返る。地響きと共に巨大な黒紫の機械兵が、ジムダルに迫り、踏み潰そうとしていた。ジムダルが右手に琥珀色の指輪をはめ、ドラゴ将軍に向けて叫ぶ。

「ライドギアを悪用するなど……恥を知れ! 我が呼び声に応えよ、シャマシュ! アルム【光閃】!!」

 花園に半身を埋めていたシャマシュの像が輝き、翼が開いた。ジムダルはシャマシュの操縦席に転送される。シャマシュに絡みついていた苔や植物は、命を持ったかのように、シャマシュから離れていく。

 シャマシュの動力炉に古代魔術(エンシェントルーン)のエネルギーが収束し、火の粉にも似た琥珀色の魔力粒子が周囲に舞った。花園上空に姿を現した、琥珀色に輝くシャマシュから、一斉に無数の太陽光閃が放たれる。アカーシャの光閃に焼かれ、逃げ惑う兵士達。

「上等だ、ルガル・ジムダル! 我がライドギア・ムスタバルに挑む勇気は褒め称えてやる!だが俺の狙いは封珠の御子、邪魔立てするなら始末する!」

 ムスタバルと呼ばれた黒紫の機械兵は、衝撃波を纏った拳を突き出し、集中砲火される太陽光線を相殺した。巨体に似合わぬスピードで、シャマシュまで接近する。ムスタバルの周囲には黒斑が浮き、古代魔術(エンシェントルーン)の重力エネルギーを纏った拳でシャマシュに重撃を放った。

「スクラップにしてくれるわ、ギラム【重撃】!! 封珠の御子も逃がさん!!」

 シャマシュはムスタバルの重撃に光閃で迎撃し、打撃のインパクトでお互いのライドギアのエネルギー粒子が舞った。ムスタバルは、奥の神殿(ジグラッド)へと逃げるメイルに、エネルギーの黒斑を飛ばした。メイルの周囲が重力を纏った爆発に包まれる。

「なにっ!?」

 花園の植物が命を持ったようにうねり、ムスタバルの機体に足下から絡みついて攻撃を妨害していた。身動きのとれないムスタバル。

「足下を見ないからそうなる。お前の相手は儂だ。よそ見をするな」

 ジムダルが操るシャマシュが、琥珀色の粒子に包まれながら、ムスタバルに容赦なくアカーシャの光閃を放つ。

 メイルは二人の戦闘を後目に見ながら、スペリオールラグーンのいる神殿(ジグラッド)に逃げ込み鍵をかけた。その場にへたり込むメイル。

 目の前にそびえ立つ黄金像、スペリオールラグーンは、何事もなかったかのように、静寂に包まれて鎮座している。ジムダルはシャマシュを動かして戦っていたが、花園に侵入してきた軍隊もシャマシュと同じ――ライドギアと呼ばれる魔術兵器を使役していた。

 メイルは全身から恐怖を滲ませながら、神殿(ジグラッド)の外から大きな音が聞こえるたび、スペリオールラグーンに祈った。ジムダルが死んだりしませんように。ジムダルとの思い出を反復するように、メイルは震える両手を握って祈った。

『おいくそガキー!!』

 拡声器から響いたのは、ムスタバルを使役するドラゴ将軍の声だった。びくんと身体を震わせるメイル。

『ジジイはやられたぞ、殺して欲しくなくば、そこから出てこい!』

「来るなメイル!! 祈れ! スペリオールラグーンに!!」

『黙ってろ、死に損ないが!』

「ぐあぁああ!」

 メイルは身体が引き裂かれそうな心地になりながら、ジムダルの言うとおり、スペリオールラグーンに祈っていた。ジムダルはメイルを助ける為に戦っている。人の為に戦うことが『黄金の意志』で、ジムダルは誰の心にも黄金の意志はあると言った。

「お願いです、スペリオールラグーン! 私に力を! ジムダルの為に戦える力を下さい!!」

 メイルは声に出して祈っていた。

 その瞬間スペリオールラグーンが黄金に輝き、メイルもまばゆい光に包まれる。メイルの身体が、ライドギアを扱うためのギアスーツを纏っていた。

 気づくと、メイルはスペリオールラグーンの内部に転送されていた。古代魔術を用いた操縦席。左右に二つの魔石が鎮座されている。メイルがそれに触れる。操作は感覚的で、指先の意志の通りにスペリオールラグーンの四肢が動いた。

「我が呼び声に応えよ、スペリオールラグーン!」

 メイルが命じると、スペリオールラグーンが雄叫びを上げる。黄金の巨躯は勇ましく、動力炉からエネルギーが呼応するように全身に循環した。スペリオールラグーンがホバリングし、蒼い魔力粒子が舞う。

「ジムダル! 今助けにいきます!!」

 メイルがスペリオールラグーンを疾駆させ、神殿(ジグラッド)の石畳を豪快に破壊する。ジムダルとドラゴ将軍のいる花園へ向かう。

「ジムダル!!」

 メイルが見たものは、焼かれ踏み荒らされた花園。ムスタバルの腕に宙吊りにされている、生身のジムダルだった。ジムダルはまぶたを深く閉じ、口元から一筋の血を流して、胸が鮮血で赤く染まっている。ムスタバルから降り、ジムダルの傍らにいるドラゴ将軍。ドラゴ将軍の掌には、ジムダルのものらしき心臓が握られている。

「――フン、遅かったな。出てこいといった時に、出てきていればよかったものを。自分の物わかりの悪さを呪うんだな」

 ドラゴ将軍が不愉快そうに吐き捨てた。ジムダルの遺体から、琥珀の指輪を奪おうとしている。

"人の心が理不尽に傷つけられ、踏みにじられそうになったとき。『人の為に戦う意志』が黄金なんだ。この黄金の意志は、誰の心の中にもある"

 メイルの頭の血が逆流した。

「よくも――よくもジムダルを――!!ジムダルに触るなぁ――!!」

 メイルが生身のドラゴ将軍に特攻するべく動力炉に古代魔術(エンシェントルーン)のエネルギーを増幅させる。蒼い魔力粒子があたりに舞った。

 だがその瞬間、今までいたはずの花園は消えてなくなり、後に残ったのは、薄暗く寂れた神殿(ジグラッド)と、大きな街の廃墟だった。

「ジムダルの死で、ジムダルの『幽世の陣(かくりよのじん)・王者の花園』も消えたか。シャマシュのエネルギーで作られた有機結界の中で、今までお前達は暮らしていたのだ。ジムダルは、この廃墟と化した戦士の街・ラガシュの太陽を司る王(ルガル)だった。お前といたあの花園が、奴にとって最後の王国だったわけだ」

 残ったのはドラゴ将軍と、ジムダルの遺体。ドラゴ将軍はジムダルの心臓と指輪を、副官らしき男に手渡す。

「ヘルダー、ジムダルの心臓をシリンダー化しろ。指輪も保管しておけ。俺はこれから、封珠の御子の確保を行う。面白いライドギアに乗っているようだからな――」

「ご武運を」

 副官のヘルダーが一礼して下がった。再びムスタバルの中に転送されるドラゴ将軍。

「フン、何が戦士の街・ラガシュの王だ。封珠の御子といえばきこえはいいが――こんなガキとお花畑に隠居して、おままごと生活をしていたとはな。王の名が泣く」

 メイルが山猫のように神経を逆立てて猛った。

「ジムダルの悪口を言うな――この人殺し!!!」

 メイルはスペリオールラグーンの鋭利な爪で、ムスタバルに襲い掛かった。

「殺してやるさ、俺の計画に邪魔な者は何人でもな!!」

 ムスタバルはスペリオールラグーンと組み合うと、重力のエネルギーを拳に込め、スペリオールラグーンを押し返した。辺りに浮かんだ重力の黒斑を、スペリオールラグーンの至近距離で爆発させる。

「あぁっ!」

 スペリオールラグーンは爆発によろめく。隙を突くように、ムスタバルが重力を纏った拳で衝撃波を放った。神殿(ジグラッドの)白い煉瓦がブロック細工のように破壊され、衝撃波と共に吹き飛んだ。

「重撃【ギラム】! だが、お前は殺さん! 我々に必要な、封珠の御子だからな!!」 

 赤い衝撃波がもろにスペリオールラグーンに衝突した。装甲が破壊されそうな衝撃。操縦席のメイルも衝撃波のダメージを受けていた。

「お前には特別に、冥府の景色を見せてやろう――」

 メイルの視界が、赤黒い異様な空間に浸食されていく。漆黒の山脈に、不気味な赤い空。あたりには不気味な黒斑が無数に浮かんでいる。底のない足下には黒いフードを被った亡者達が、ムスタバルを讃えるように蠢く。

 古代魔術(エンシェントルーン)のエネルギーを一極集中させ、空間に仁王立ちするムスタバル。次の瞬間、光速の連続攻撃が黒斑を誘爆しながら、スペリオールラグーンに炸裂した。

 巨大なハンマーのような重撃連打、身体を巻き込む黒斑による重力爆発。ムスタバルの拳に巨大な黒いエネルギーが収束する。紫の魔力粒子が辺りに舞い、出力を高めていく黒斑――ブラックホールを形成するエネルギーの塊を、重力を込めた渾身の力で、スペリオールラグーンに叩き付けるムスタバル。

「冥府の景色はどうだぁ――フハハハハ!!!」

 連続攻撃の衝撃で、メイルの視界が反転し、亡者のいる山脈の谷底に落ちるスペリオールラグーン。操縦席に巨大な亡者の手が伸びる。亡者の手に捕まり、メイルはもがいた。ギアスーツも破り取られ、巨大な亡者に首を絞められる。呼吸ができなくなり、メイルはフードで隠れた亡者の顔を見上げた。

 不意にフードがめくれ落ちる。メイルは驚愕して、涙を浮かべた。
 亡者は、ジムダルの顔をしていたのだ。

「俺の幽世に、新たな亡者が加わったな。冥府王ムスタバルを讃えるがいい、ジムダル」

「御身のままに。――死ね、メイル」

 ジムダルに心臓を貫かれる。激痛が走りそれが幻ではないことを実感するメイル。ジムダルの手には、メイルの心臓が生暖かく鼓動していた。

「嘘だぁ―――!!」

 スペリオールラグーンは底なしの亡者の谷を落ち続け、メイルは泣き叫んだまま意識を失った。メイルが意識を失うと同時に、『幽世の陣・冥府王ムスタバル』は砕け、空間の破片となって消えた。メイルは、ラガシュの神殿(ジグラッド)に、生身で投げ出された。

「少々やりすぎたな」

 メイルの心臓を掌に握っていたのは、ドラゴ将軍だった。生きた心臓が生暖かく鼓動している。

「ヘルダー。封珠の御子――くそガキを確保したが負傷させた。飛空挺(シュガルラ)内で治療させろ。死なれてはかなわん。くそガキの指輪も外して金庫に保管しておけ」

 ドラゴ将軍は終わった戦いに興味が失せたと言わんばかりに、傍らに待機していた副官ヘルダーに、メイルの身体をなげやりに預けた。ヘルダーは背の高い、くせっ毛の美青年で、端整な顔立ちをしているが、どこか冷笑的な雰囲気が滲み出ている。

 メイルを抱えた際に、自分の両手に他人の血液が付着したのを見て、ヘルダーは端正な鼻梁を僅かに歪めた。

「これで我々の計画に一歩近づいたわけだ。計画に成功しなければ、俺がシリンダー化させたラガシュの住人共も浮かばれんからな」

 廃墟と化したラガシュの街を一瞥して、ドラゴがヘルダーに言った。

「護龍をドラゴ様の手でお治め下さいませ。新たな太陽を手にとって」

「言われずともそのつもりだ――フハハハハハ!」

 ヘルダーの一礼に、ドラゴ将軍は高笑いで応えた。メイルはうっすらと取り戻した意識と、心臓をえぐり取られた激痛の中、底知れない悪意というものに初めて触れ、優しかったジムダルを思い出し、一筋の涙を流した。



「うっ――ジムダル――」

 飛空挺(シュガルラ)の医務室で目を覚ましたメイルは、起きあがろうとしたが胸部の痛みに肘をついた。あたりを見回すと、培養液に入った人体のパーツ、精密機械が立ち並んだ部屋で、こちらを見ている人物がいた。

「目を覚ましたかね」

 黒い長髪、三十代なかばの男性で、左眼に黒いモノクルをはめている。理知的な雰囲気を纏い、黒曜の双眸は思慮深く、学問に精通する人間の趣があったが、がっしりした体躯で頼りなくは見えなかった。黒い紳士服を着て、佇まいに品がある。

「――あなたは――お医者さんですか?」

 メイルの問いに、その人物は苦笑して応えた。

「医者ではないよ。私は正規軍の研究者で、魔造細胞から作った人体のスペアパーツを作っている。負傷した兵士の治療のためにね。君の欠損した心臓も、心臓のスペアパーツで治したんだ。君の本物の心臓は欠損していて移植できなくてね――」

「ありがとう――でも私をどうにかするために、軍隊は私を生かして捕まえたんですよね?」

 男は応えにくそうに、視線を泳がせたあとに応えた。

「ああ――そうだ。詳しくは言えないが、君が酷い目に遭うのは確かだ」

 メイルは辺りを見回して、棚に並べられた『シリンダー番号:1450 ジムダル』と書かれた、小型の培養液に入れられた心臓を見つけた。メイルはジムダルのシリンダーに駆け寄ってそれを手を取ると、男をきつく睨んだ。

「人でなし!! 優しかったジムダルが、なぜこんな目に遭わないといけないんですか! ひどい……ひどすぎます……!! こんなことして何しようっていうんですか……!」

 男はメイルからシリンダーを取り上げると、言いにくそうに口を開いた。

「君の言うとおり、我々は人でなしだ。私は正規軍に雇われている――不本意ではあるが、命令に背くわけにはいかない」

「命令ってなんです!? あなた方には、誰かの為に戦おうって気持ちはないんですか!? 自分勝手な理由で、なにかを奪うために戦うんですか!? そんなの間違ってる!!」

 メイルが泣きながら訴える。男はこのような訴えに弱いらしく、目に見えて動揺していた。

「私に守るものと、立場がなければ――戦っていたよ。信じてもらえないかもしれないが。ただ正しいことをして、それだけで物事が正しく進んで、正しく生きていけるほど、この世界は簡単には出来ていないんだよ。わかってくれとは言わないが……」

 男は罪悪感からか真摯な口調で言った。メイルは我に返って、静かに口を開いた。

「すいません――あなたに言っても仕方がないですね。でもジムダルが死んで、気持ちのやり場がなくて――」

 メイルが涙をこらえた。

「君は生まれてから、12年もジムダルの幽世の陣で暮らしていたんだ。無理もない。親しい者が亡くなって、平気な人間などいないよ」

  「ジムダルは本当に優しい人でした。最後の会話で、『誰かの為に戦う意志が黄金なんだ』って、教えてくれました。そして、黄金の意志は誰の心にもあるって。それで私はドラゴ将軍と戦って――負けてしまったけれど、あなたも大事な人を亡くしたことが?」

 男は、話しづらいのか、白衣を着た部下数名を医務室から退出するように命じ、一沈黙置いてからメイルに応えた。

「――私も、大事な人を立て続け亡くしたよ。それが弱みになって従軍する羽目になってしまった。私は先ほど降りた戦士の街・ラガシュの出身だ。『誰かの為に戦う戦士であれ』と幼い頃から言われ続けてきたことははっきり覚えている。今じゃライドギアを召喚する指輪も奪われ、戦士(ライダー)とはいえなくなってしまったが――」

 男は力なく微笑んだ。

「あなたの名前は? 私はメイルと言います。なんとかの御子――ではありません」

 メイルが、男に興味を持ったのか、仕事に戻ろうとする男に話しかけた。

「私はブロス。今は軍属の研究者だが、昔はラガシュで軍人をしていた。本来だったらラガシュの神殿(ジグラッド)で生きる君達を守る、戦士(ライダー)の一人だったはずだった。今じゃ軍隊の犬だよ。本当にすまない」

 ブロスは申し訳なさそうにメイルに言った。

「私は指輪を奪われてしまいました。指輪さえあれば、スペリオールラグーンを召喚して逃げられるのに。ブロスさんも、指輪を奪われて従軍しているといいましたが、お互い苦しい立場ですね……」

「――時に、君に覚悟はあるか?」

 ブロスが真剣な顔で訊いてきた。

「覚悟?」

「誰かの為に戦う覚悟だ」

 メイルが涙ぐんだ。

「あります。でも、もう誰のために戦っていいのかわかりません……」

「分かった。少し待っていなさい」

 ブロスは部屋を出て、しばらくして戻ってきた。その後、医務室のコンピュータを操作して、小さなSDカードになにか情報を移しているようだった。移しきれない書類のデータをトランクに詰めている。ブロスは船内の監視記録を切ってから、無線でどこかに連絡を取り始めた。

「……逃走先は夜都ダロネア。逃走人数は二名だ。受け入れてくれたら、私の技術や、現在握っているウィツィロトのデータを全て渡す。……ああよろしくたのむ」

「ブロスさん、今のは…?」

「逃走先の確保だ。これでも戦士(ライダー)のはしくれ、ラガシュに生まれたライダーならば、街の象徴である、封珠の御子を見殺しにはできない。腹を決めた」

 メイルは驚いてブロスの顔を見た。

「私が君のために戦おう。ラガシュは滅びてしまったが――ラガシュのライダーとして。君は誰かの為に戦う覚悟があるといったな。私と一緒に戦う覚悟はあるかね?」

 ブロスがメイルに向かって真剣に問いかけると、メイルが涙ぐんで、頷いた。

「あります、私にできるのなら、一緒に戦います」

「ではこれを渡そう」

 ブロスが渡してきたのはメイルの蒼い指輪だった。メイルがブロスの指を見ると、右手の薬指にブロスの瞳の色と同じ黒い石の指輪がはめられていた。

「ブロスさんが指輪を取り返してくれたんですね、ありがとう……!」

「ああ、早くこの飛空挺(シュガルラ)から脱出しよう。今の進路は惑星キエンギのラガシュを発って数時間、もう少しで護龍の軍都ヴァルバにある正規軍本部に着いてしまう。だが幸い成層圏内で、我々が外に出てライドギアを召喚しても問題ない。急ごう」

 ブロスはそういって準備したトランクを持つと、メイルを医務室の外へ連れ出した。だがその瞬間けたたましいアラームの音が鳴り響き、警報が鳴った。

「金庫室に私のIDで忍び込んだのが、ヘルダーにばれたな。急ぐぞ、ここから一番近いA区画のダストシュートから脱出する」

「はい!」

 武装した兵士達のけたたましい足音が響き、隣の通路を横切っていく。ブロスとメイルはA区画を走って、ダストシュートの扉を探した。

「いました、ブロスです!! 金庫から指輪を奪って逃走中!!」

 ドラゴ将軍の副官ヘルダーが兵士達の先頭におり、兵士は躊躇なく発砲する。ヘルダーはブロスを見るなり端正な顔を歪めて、苦言を吐いた。

「やはりおまえかブロス! 我が軍への忠誠心の低い貴様など、はなから信用していなかったがな!」

「気が合うな、お前を信用していないのは私もだヘルダー! ドラゴの腰巾着が!!」

 ブロスはそういうと、トランクから出した銃で背後の非常口の扉に発砲した。風圧で鉄の扉が外に吸い出されていく。ブロスは意を決したかのように一呼吸すると、メイルを腕に抱えて、空へ飛び降りる。

「撃て!! 逃がすな!!」

 真っ逆さまに夜空を落下していくブロスとメイル。すれすれで飛び交う銃弾。ブロスとメイルは視線を合わせて、同時にライドギアを召喚した。

「光より生まれ出でし竜よ 我に戦う力を 黄金の意志 スペリオールラグーン!」
「荒廃の地獄よりきたし 炎の機神 漆黒の竜騎士 インフェルノ!!」

 二人のライドギアが、まばゆい光とともに召喚される。飛空挺(シュガルラ)を追い越し、黄金の影と、漆黒の影は、お互いを追うように月下の空を疾駆した。

第三話 月下の戦い


「メイル聞こえるか、ここから西の方向に夜都ダロネアという反乱軍の駐屯する街がある。我々はそこに向かう。王政やヴァルバ正規軍、特殊部隊ウィツィロトに反感を持つ者たちの集まりだ。快くとは行かないが、迎えてくれるのではないかと思う」

「まさか、本当に飛空挺(シュガルラ)から脱出できるとは思いませんでした――ありがとう、ブロスさん」

 ブロスの駆る人型の黒いライドギア、インフェルノに向かってメイルが通信で呼びかけた。

「礼をいうのはまだ早いぞ。追っ手が来た!!」

 ブロスがそういうと、背後からドラゴ将軍のライドギア・ムスタバルと、副官ヘルダーのライドギア・ヴィオーラが後を追ってきた。ムスタバルとヴィオーラの動きが、操縦席の立体モニターに表示される。

 ムスタバルは爆裂する黒斑を無数に、スペリオールラグーンとインフェルノに向けて打ち出してくる。器用に躱していくスペリオールラグーンとインフェルノ。

 ムスタバルの巨躯は重量があるので、スピード面では身軽なヴィオーラに劣る。ヴィオーラがムスタバルを追い越し、ブロスのインフェルノに接近した。

「よくも先ほどはドラゴ様の腰巾着などといってくれたな!! マグネ【磁界】!!」

 ヘルダーが激昂してブロスに呪文を放った。強力な磁場が発生し、インフェルノがヴィオーラに引き寄せられる。

「腰巾着に、腰巾着といって何が悪い!!」

「貴様!! 私はドラゴ様の右腕だ!! ドラゴ様に取り入る腰巾着などではない、信頼関係で結ばれているんだ!!」

 ヴィオーラの磁力で引き寄せらせ、磁場の中心に行くほど機体をメキメキと圧迫される。すさまじい磁力を前に、インフェルノの外殻が破壊されつつあった。

「それは悪かったな。そんなに清い関係だとは知らなかった。だがヘルダー、お前にも知らないことがあるんじゃないのか?」

「なにっ!?」

「メイルではなく私を追ってきたことが間違いだったな。磁力は加熱により分子配列が狂い、その力を失う。インフェルノの業火に焼き尽くされろ!! アグニ【爆炎】!!」

 磁力の中心に飲み込まれる寸前で、インフェルノは爆炎の呪文をヴィオーラに浴びせた。炎による熱で磁力が無効化され、炎の爆発に巻き込まれたヴィオーラは破損し、夜空を落下していった。

「ちっ、何をしているヘルダー!」

 ドラゴは舌打ちをすると、スペリオールラグーンを駆るメイルに向かって、ムスタバルを疾駆させた。スペリオールラグーンに打ち込まれる重力の黒斑を器用にかわすメイルだが、他のライドギアが扱えるはずの呪文がないことが、スペリオールラグーンの弱みだった。

「スペリオールラグーン、呪文を! 私に呪文の力を!」

 メイルはそう念じて叫ぶと、脳裏に単語が浮かぶ。スペリオールラグーンに促されるまま、メイルは呪文を唱えた。スペリオールラグーンの動力炉に白光が収束される。

「焼き尽くせ! エンリ【光柱】!!」

 スペリオールラグーンが、ムスタバルに向かって広範囲の光の柱を浴びせた。突然の呪文に面食らったムスタバルは、もろに攻撃を受け、破損しよろけた。その隙にライドギアの出力を一気に上げて、ムスタバルとヴィオーラの二機を引き離す、スペリオールラグーンとインフェルノ。

「ひとまず引き離しましたね」

「ああ。もう少しで夜都ダロネアだ。しのげるといいが……!」

 次の瞬間、デコイ(複製)を装填したヴィオーラが、魔力爆弾を詰んだ数機の幻影を作り、突進してきた。自爆目的でインフェルノに特攻してきたヴィオーラのデコイ。インフェルノはデコイに衝突し、装甲を剥ぎ取られる。

「デコイの連続特攻に耐えられるかな!?」

 デコイは次々とインフェルノへ向かって、神速で特攻した。

「おのれ! ロンド【輪舞】!!」

 ブロスは踊るような連続攻撃を見舞って応じるが、デコイの一機取りこぼしてしまった。正面から、デコイの圧縮された魔力エネルギー爆弾を喰らい、海面に打ち落とされるインフェルノ。

「ブロスさん!! このぉ、エンリ【光柱】!」

 メイルは海水に半身を沈めたインフェルノを見やり、ヴィオーラに向けて光柱を見舞った。軌道を変えて空に放たれるそれを、器用に躱していくヴィオーラ。

「スペリオールラグーン、お前重そうだな。ダイエットさせてやろう。質量が思いほど、私の磁力が強く働く。圧縮されてスクラップになってしまえ! マグネ【磁界】!」

「あぐっ!」

 メイルは強力な磁力で、ヴィオーラに引き寄せられる。磁場の中心に近づくほどに、機体が強烈に圧迫され、押しつぶされそうになる。軋む操縦席で、メイルは苦悶した。

「よくやったぞヘルダー!」

 ドラゴ将軍の駆るムスタバルがスペリオールラグーンに追いつき、スペリオールラグーンに重力エネルギーをまとった乱撃を連続で喰らわせた。黄金の装甲が破損するスペリオールラグーン。

「くそっ、動けインフェルノ!!」

 海水に半身を沈めたインフェルノは動かない。動力炉に古代魔術(エンシェントルーン)のエネルギーがインフェルノの全身を徐々に循環しはじめると、ようやく身体が自由になる。

 ブロスはメイルのいる空域に飛翔すると、爆炎の呪文を広範囲に放った。爆炎の熱量によって、メイルを苦しめていたヴィオーラの磁界が無効化される。

「このまま一気に突っ切るぞ。振り向くな!」

 ブロスはそういうとインフェルノの最大出力で、夜都ダロネアへ向けて疾駆した。それに続くスペリオールラグーン。

「逃がすか! なにっ!?」

 前方の空域には、飛空挺が複数待機していて、ムスタバルとヴィオーラに対空ミサイルを放ってきた。それを躱して空中に留まるムスタバルとヴィオーラ。スペリオールラグーンとインフェルノは、飛空挺を通り過ぎ、ダロネアの領空内に入っていた。

「チッ、反乱軍か。内通していたとはな」

 ドラゴ将軍は忌々しげに、反乱軍の飛空挺に無線を繋いだ。

「おい、先ほどダロネアの領空に入った逃亡者二人の身柄を引き渡せ! そんな武装で、戦争でもするつもりか?」

「ただちにこの場所から引き返しなさい、ウィツィロトの兵士よ。逃亡者二人の身柄はこれから反乱軍のものとなります。ただちにこの場所から引き返しなさい。たかが一任務を、街を巻き込んでの戦争に発展させたいのですか? あなた方が遣える皇帝がそれを望むとでも? 《《皇帝に事実を伏せての任務中でしたら申し訳ありませんが》》」

 知的な女性の声が響く。舌打ちするドラゴ将軍。

「いいだろう。一時撤退だ。しかし今日がなんの日か忘れたか黎月将。大流星群の日だ。一日中夜の続くダロネアには一晩中ルインフレームが現れ続けるぞ。お前達が逃亡者を引き渡さないなら、ヴァルバ正規軍によるダロネアの警備も撤退させる。それでもいいのか?」

「構いません。ダロネアの防衛は我々反乱軍だけで結構。ただちにこの場所から引き返しなさい」

「明日にはダロネアが廃墟になっていてもいいという覚悟があるんだな? 勝手にしろ」

 ドラゴ将軍はそういうと、ヘルダーを率いて自分の飛空挺(シュガルラ)に引き上げていった。

「怪我はありませんか?」

 黎月将と呼ばれた女性が無線でメイルとブロスに問いかけた。

「二人とも無事だ。恩に着る」

「助けてくれてありがとうございます」

 メイルはお礼をいったが、同時に、どうして自分たちのような面識のない者を、危険をおかしてまで助けてくれるのだろうという疑問も沸いた。

「続きの話は駐屯地で。あなた方に訊きたいことがあります。私は反乱軍コヨル=シャウキの黎月将ルナ。お見知りおきを」

 ルナはそういうと、待機させていた飛空挺をダロネアのキャンプに撤退させた。



「だから俺は、反対だといったんだ」

 傭兵のような武装に身を包んだ、拳月将のジュドーが忌々しげに口を開いた。反乱軍のアジトで、居心地悪そうに佇んでいるメイルとブロスを睨みつけている。

「こいつらのしている指輪を見ろルナ。ただの指輪じゃない。ライドギアを召喚できる指輪だ。エドゥアルド人がどういう存在が、知らない訳じゃねえよな?」

 ルナと呼ばれた黎月将は、声から想像した女性よりはるかに若い。少女といってもいい年齢だ。長い銀髪を結わえ、露出度の高い鎧に身を包んだ、息をのむほど美しい少女だった。

「こいつらは、強力なライドギアを召喚して戦える代わりに、その指輪の力でルインフレームも引き寄せちまう。なんでこいつらを迎え入れて、反乱軍を危険にさらさないといけないんだ? よりにもよって今夜、大流星群の日、ルインフレームが大量にダロネアに現れようとしてる日にだ!」

 ジュドーは思いきり机を叩き付けた。周囲の人員は驚いてはいるが、ジュドーと同意見、といった様子で、怖々うなづいている。他の反乱軍のメンバー、獣月将オグマは我関せずの態度を貫き、血月将カレンは気まずそうにジュドーとルナの顔色を伺っていた。

「まあまあ、ジュドーさん、ルインフレームが現れるのは今に始まったことではないし、この人達のせいってことはないでしょう。今後のために、今夜、街の防護壁にルインフレームを退ける結界を張ろうと相談していたところではありませんか?」

 険悪な雰囲気になったルナとジュドーの間に、ギャンブラーのような格好をした優男が仲裁に入る。ふざけているのか、メイルとブロスを模した人形を操り、ジュドーの神経を逆なでている。遊月将のシグルーンだった。

「ひっこんでろシグルーン! 今回の流星群は例年と桁が違う。強化されたルインフレーム共が、夜が続くダロネアに、一日中現れるんだ。一晩凌げばなんとかなる他の街とは違うんだぞ! オメーは黙ってお人形で遊んでろ!」

「おお、怖い!」

「……そうだ。エドゥアルド人がいるから、護龍の人間はルインフレームに怯えているんじゃないか。せっかくエドゥアルド人を宇宙に追いやったのに、なんで戻ってくるんだよ。自分の街を頼ればいいだろう! 早くここから出て行け!」

 反乱軍の人員の一人が、石をメイルとブロスに投げた。

「そうだ! エドゥアルド人は出て行け! 災いを持ち込むな!!」

 石が次々二人に投げつけられる。メイルを腕に抱きしめてかばうブロスだったが、表情は苦悶に満ちている。ブロスが口を開いた。

「確かに我々の指輪の力は、ルインフレームという脅威を呼び寄せてしまう。だが、だからこそ、それを打ち破るためのライドギアの力を持って生まれてくる。ルインフレームが現れたら全て我々で対処する」

「嘘付け! そんな力がおまえらにあるもんか! ないから我々に助けを求めたんだろう! こんな奴らを反乱軍に迎えるなんて冗談じゃない!」

 反乱軍の人員は、なおも激しくメイルとブロスを糾弾する。

「我々は反乱軍に加盟したいとは思っていない。ただ、街にいることだけは許してもらえないだろうか。宇宙にある我々の街はもう全て滅びてしまったんだ。地上のヴァルバ正規軍の手によって――」

 ルナが同情的な表情を見せてなにか言おうとしたが、ジュドーに睨まれる。

「だから、お前らがダロネアにいれば、ダロネアが危険を被るっていってんだろ! 民間人を危険にさらすと分かっていて居座りたいっていうのか!?」

「ブロスさん、やっぱり出て行きましょう。私はルインフレームがどんなものか知らないけど、迷惑がかかるならやめましょう。私も辛いです」

「しかし、ルインフレームと我々が起こすという現象に、信憑性があるかどうかも怪しい。生まれつきライドギアという強大な武力を持つエドゥアルド人を迫害し、宇宙へ追いやるためのデマという可能性もありうるのだ」

 メイルに耳打ちするブロスだったが、メイルに石がぶつけられる。

「このガキ! ルインフレームがどんなものかわからないだと!? 何人の仲間がルインフレームにやられたと思ってる! 誰のせいだと思ってるんだ! お前らのせいだろう!! そうだ、こいつらを殺したらルインフレームも消えるんじゃないのか? この場で殺せ!」

「そうだ、こいつらを殺せ!」

「殺せ――! 殺せ――!」

 アジトの空気が異様なものとなる。怯えるメイルと、一怒りを讃えて今にもライドギアを召喚しそうなブロス。

「やめなさい!!」

 その空気を破ったのは黎月将ルナの怒声だった。

「反乱軍は、今まで助けを求めてきた者たちには惜しまず手を差し伸べてきました。なぜなら彼らは、私たちが作る新しい世界を担う大事な人材だからです」

 ジュドーはうんざりした表情でルナの話を聞いている。

「エドゥアルド人が災いを招くかもしれない伝承は知っています。でも本当に彼らが原因なのか検証したものもいません。不確かな情報を元にしての彼らへの中傷は許しませんよ」

 ルナが、ジュドーや反乱軍の人員を見回し、睨んだ。

「もし自分が彼らの立場だったら、先ほどの態度をどう思うか考えてごらんなさい。それにこの二人は脱出する際に、ヴァルバ正規軍やウィツィロトの情報を提供してくれたのですよ。その身に危険をおかしてまで、です」

「俺たちのこともたやすく裏切るかも知れねえけどな」

 ジュドーが吐き捨てるように言った。

「ジュドー! ……ごめんなさい、ルインフレームの強襲を連日受けて、皆ピリピリしてるんです。こんな状況で頼めた事じゃないけど、無線で話したとおり、あなたたち二人にはダロネアの上空で、ライドギアを用いて、ルインフレームの討伐をして欲しいんです」

 ルナが申し訳なさそうにブロスに言った。ブロスは頷いて承諾する。メイルもそれに習って必死に頷いた。

「その間に、我々が街の防護壁にルインフレームを入り込めないようにするための強力な結界を張りますから。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 ルナは罪悪感からか、部下をつれて居心地悪そうに退席した。

「せいぜいルインフレームと共倒れしないようにな。ま、そうなったら平和になるだろうが」

 ジュドーがアジトを出ようとするブロスとメイルに言った。

「善処するよ。助けてくれて恩に着る」

「けっ。うちの黎月将さまに礼はいうんだな」

 ジュドーは吐き捨てるように言うと、ルナに続いて退席した。反乱軍のアジトを出て、ブロスと二人きりになると、メイルは安堵で胸をなで下ろした。 「石をぶつけられたところは大丈夫か?」

 ブロスが心配してメイルの顔を覗き込んだ。

「大丈夫です。でも、私がエドゥアルド人だってことも初めて知ったし、皆さんによく思われていないことも初めて知りました。……正直ショックです。だからジムダルは、外の世界のことは知らない方がいいといっていたのでしょうか」

 メイルは悲しそうな顔で、ブロスの顔を見返した。ブロスの顔にはなんの表情もなかった。

「……そうか。なにも知らされていなかったか。私はこういう扱いには慣れているので大丈夫だが、その様子だと、ルインフレームどころか、封珠の御子がどういうものかと知らない様子だな」

「はい。なんのことだかわかりません……」

「まあ、おいおい話すさ。それより先に、ダロネアの警護をしなくてはいけない。それと引き替えに助けてもらったんだ。急ごう。今日は大流星群の日だ。流星の放つ魔力粒子を吸って、ルインフレームが強化される。長い一日になりそうだ」

「はい。ちなみに――ルインフレームとはどんなものなんですか?」

 メイルが申し訳なさそうにブロスに訊いた。

「ライドギアによく似た、幽界から現れる機械兵だ。中にニムロッドという生命体が寄生している。奴らは惑星の持つ魔力粒子を主食としていて、ターゲットに定めた惑星に住む動植物を外敵と定めて殺しにかかる。やつらは太陽光を嫌い、夜しか現れない」

 メイルは話を聞いて戦慄した。今までそのような存在を知らずに生きてきたからだ。

「それだけじゃない。ルインフレームは流星を呼び、流星を惑星にぶつけて破壊し、魔力粒子を吸うんだ。吸い尽くしたら、別の星へ。そういう生物だよ」

「それを今から倒しに行くんですね。ドラゴ将軍や副官のヘルダーの操る、ムスタバルやヴィオーラくらい手強いんでしょうか?」

 ブロスは微笑して続けた。

「一機の強さはたいしたことはない。生身の人間にとっては驚異だが、ライドギアを用いれば討伐も難しくない。ただ、数が多いので持久戦になるだろう。この街に朝はないから、ルインフレームが現れ続ける。そこが厄介な所だ……そろそろライドギアを召喚しようか」

 ブロスに促され、メイルはスペリオールラグーンを召喚した。それに続いてインフェルノを召喚するブロス。ダロネアの上空に飛翔するふたり。

 ダロネアの街では防護壁に反乱軍の人員が配置され、結界を設置する作業にかかっている。巨大な魔石を防護壁に打ち込み 、石に呪文を刻んでいる。全て手動なので、あれでは時間がかかるだろう。  ダロネアの夜空に美しい流星が無数に流れはじめた途端、上空から巨大な機械兵が現れた。ルインフレームの群れだった。

「あれですね」

   メイルは星の降り注ぐ空域へ、スペリオールラグーンを疾駆させた。ブロスは既にさらに上の空域で戦闘を始めていた。連続攻撃をルインフレームに浴びせて、数機を大破させている。強い。だが、空を飛翔してきたルインフレームの数が多すぎる。

 メイルはルインフレームの軍勢がブロスを取り囲む前に、広範囲攻撃を浴びせようと攻撃呪文を唱えた。スペリオールラグーンの動力炉に白光が収束される。

「エンリ【光柱】!!」

 白い光の柱はブロスのインフェルノすれすれに発射され、周囲のルインフレーム数十機を巻き込んで蒸発させた。今夜は持久戦になるだろう。エネルギーの消耗が激しいエンリの乱発はできない。メイルはブロスのように近接戦に持ち込もうと、無数のルインフレームに向けて夜空を飛翔した。

「ブロスさん、私の呪文は消耗が激しいので、乱発するとオーバーヒートで動けなくなります。なので私も近接戦で戦います」

「まて! キミの呪文の威力は先ほど見た。この数だ、広範囲攻撃のほうが効率がいい。私が近接戦で連続攻撃を見舞いながら、ルインフレームを一極にひきつける、ひきつけたところで呪文を放て。私の合図で私のいる方角へ向けて撃てるか?」

「わかりました。でも危なくなったら、私も近接戦に切り替えて援護に向かいます」

 ブロスは自身が囮になりルインフレームの軍勢をひきつけ、メイルから引き離した。メイルは海域に下降してくるルインフレームを、スペリオールラグーンの爪撃で各個撃破する。

「アグニ【爆炎】」

 ブロスの駆るインフェルノが呪文を放つ。インフェルノの持つ竜騎士の槍でルインフレームに連続攻撃を叩き込み、大群を引きつける間にも数機を大破させていた。ルインフレームの残骸が、メイルのスペリオールラグーンの傍を通り抜けて海に落ちてゆく。

 ビームサーベルを持ったルインフレームがインフェルノを囲み、インフェルノの動力炉に向けて斬撃を浴びせる。ブロスは数機の攻撃を紙一重でかわしたが、今夜は流星郡。ルインフレームの力は強化され、動きもいつもと比べて俊敏だった。

 夜明けまで続く戦闘は、消耗していくエネルギーとルインフレームの軍勢との持久戦になってくる。ブロスは既に数十機のルインフレームを大破させていたが、夜空から絶え間なく下降してくるルインフレームの勢いは衰えない。

「いまだ、撃て!」

 ブロスがルインフレームの軍勢をひきつけ、メイルに広範囲攻撃であるエンリを放たせた。軍勢が一瞬で蒸発する。ブロスは余裕のできた空域で一息ついた。メイルもほっと胸をなでおろす。

「む、あれは――見たことのないタイプの、ルインフレームだが――」

 ビームサーベルタイプではないルインフレームが夜空から降下してきた。ブロスが目を凝らしているうちに、ルインフレームが攻撃態勢に入る。装備が違う。持っていたのは荷電粒子砲だった。

「まずいぞ」

 ブロスはとっさにインフェルノに防御体制をとらせた。しかし強化ルインフレームから放たれた荷電粒子がインフェルノを機体をかすめる。粒子の当たった装甲が丸ごと持っていかれた。

 同時に、強化ルインフレームが携えた、イオンライフルの連射。インフェルノは負傷し体制を崩す。

「ブロスさん!」

 メイルは目前のルインフレームにスペリオールラグーンの爪撃を見舞いながら、負傷したブロスに叫んだ。ブロスはインフェルノを攻撃態勢に切り替え、竜騎士の槍で、強化ルインフレームに連続攻撃を浴びせた。だが強化ルインフレームは、装備も今までのルインフレームとは違い、頑強で、撃破させるまでに手間取る。

「強化ルインフレームが投下され始めたぞ、警戒しろメイル。ニアン【修復】!」

 ブロスが修復呪文を唱えるとインフェルノの装甲が修復されてゆく。ブロスは先ほどしたように、強化ルインフレームの軍勢を自身を囮にしてひきつけてゆく。だが今度は相手が悪い。善戦していたものの、一瞬の隙を突かれて、敵に囲まれてしまった。

 ブロスより下の空域で、複数のルインフレームを相手にしていたメイルは反応が遅れる。荷電粒子砲がインフェルノに直撃した。感電したように動作をとめるインフェルノ。

「くっ! よりによって今止まるか!!?」

「ブロスさん、今行きます!」

 メイルはブロスのいる空域に飛翔した。強化ルインフレームの巣窟。近接戦でダメージを負わせるものの、インフェルノほど近接戦に特化していないスペリオールラグーンは押されていた。

 背後でイオンライフルを構える強化ルインフレームがメイルに向けて光線を射撃した。イオンライフルの散弾がスペリオールラグーンの機体にめり込む。装甲が破損し、搭乗席に着弾の衝撃が走る。

「あぁっ!」

 メイルが悲鳴をあげた。

「馬鹿者! なぜ上に来た! キミでは無理だ」

 インフェルノが負傷した機体をおして援護に駆動しようとしたが、四方を敵に囲まれ動きを阻まれる。完全にルインフレームの軍勢に囲まれたブロスは、舌打ちをしてメイルに通信で呼びかけた。

「止む終えん、メイル、そこから私に向けて呪文を放て! この至近距離なら軍勢でも一撃で消滅させられるはずだ」

「だ、駄目です! ブロスさんに当たってしまいます!」

「一発なら凌げる。早く撃て! キミも背後を囲まれているぞ! 強化ルインフレームが、キミの元へ向かう前に早く呪文を! 躊躇うな!」

 ブロスがもどかしげに、メイルを叱咤した。

「だめです……できません、ブロスさんまで死んでしまうかもしれません!」

 ブロスは諦めたかのようにため息をつくと、メイルに向かって呼びかけた。

「大丈夫だメイル。私は死んだりしない」

 メイルを安心させるための――決死の覚悟で見せた笑顔が、通信で搭乗席に映った。

「――っ」

 メイルの胸に、痛みとは違う何かがよぎる。

「うぅっ、ジムダル、私はどうしたら――! そうだジムダルの呪文! 私にもシャマシュのあれが使えたら、あるいは――!」

 メイルは頭の中で祖父ジムダルの駆るシャマシュの技、アルム【光閃】を思い浮かべた。シャマシュはルインフレームが嫌う太陽神を模したライドギア。呪文は精神の具現化。イメージできるなら、スペリオールラグーンの技に出来る。

 メイルは祈るようにジムダルの呪文のイメージを頭の中で反芻した。メイルの中に優しいジムダルの記憶が蘇る。記憶の情景にふれ、メイルの頬に涙が流れた。

「ジムダル、ジムダルの力を、私に少しだけ貸して下さい――!!」

 スペリオールラグーンの動力炉にアカーシャの光が収束する。

「アルム【光閃】!!」

 メイルが攻撃呪文を口にした瞬間、アカーシャの光線が乱れ撃たれた。ブロスのいる軌道を除いて。プラズマの乱閃はブロスを取り囲んだ強化ルインフレームを各個撃破した。

「これは王(ルガル)の……! ばかな、ライドギアの技をコピーするなど……」

 ブロスは驚きの滲む声音で言った。インフェルノは余白の出来た空域を飛翔し、残りの強化ルインフレームに、出力を高めた連続攻撃を見舞った。

「ロンド【輪舞】! 」

 竜騎士の槍が強化ルインフレームを貫き、数機を一度に大破させた。メイルはアカーシャの乱閃を広い空域に放ち、一気に軍勢を消滅させる。エドゥアルドの太陽神の名を冠したシャマシュの呪文。ジムダル譲りの技は、凄まじい威力だった。

 突如、ライドギアの操縦席に黎月将ルナからの通信が入った。

『ありがとう二人とも。結界の設置は無事に終わりました。ダロネアの上空にルインフレームが嫌う強力な太陽光線の古代魔術を召喚する呪文を、防護壁に刻み込んだんです。これで街に侵入されることはないでしょう』

「よかった…!」

 メイルは安堵してルナの通信に応えた。ブロスも安心したように頷いた。

『あなた方が上空で戦ってくれたお陰で、作業中の被害はゼロです。本当にありがとう! 二人とも街に降りてきてどうぞ休んで下さい。部屋は竜の爪亭という宿屋に予約してありますから』

 ルナの弾んだ声が通信に響く。二人はダロネアの街に降り立つと、指輪にライドギアを収納した。竜の爪亭の看板がすぐ側にあったので、二人は迷わず宿にたどり着くことが出来た。

「お帰りなさい。待っていましたよ。ダロネアの為に戦ってくれて本当にありがとう。お陰で被害がゼロで済みました。喜ばしいことです。反乱軍のメンバーも、あなたたちの戦いを見ていたので、これからはきつく当たらないはずです」

 ルナは竜の爪亭に入ってきたメイルとブロスに、親しみを込めて握手した。

「えへへ、喜んでもらえてよかったです。こちらこそ助けてくれてありがとう、ルナさん」

 メイルがおずおずと、ルナにお礼を言った。

「ルナでいいですよメイル。二人とも、食事を取って入浴などしてゆっくり休んで下さいね。またルインフレームの攻撃が激化したら街の警護をお願いするかも知れませんが、それまでは街で自由に過ごして下さい」

 ルナはそういうと、にっこり微笑んで部屋を出て行った。

「ルナさんはとても優しい人ですね。こんなによくしてくれるなんて」

「そうだな。反乱軍のリーダーだけあって、優しく思いやりがある。人望もあるだろうな」

 ブロスも頷いて応えた。二人は食事と入浴を終えて、部屋で寛いでいた。ブロスがベランダで月を見ていたので、メイルもベランダに出て、月を見た。メイルはブロスの横顔を眺めたが、今まで慌ただしかったので、初めてまともにプロスの顔を見た気がした。

「どうしたメイル?」

 ブロスがメイルの様子を不思議に思ったのか、メイルの顔を覗き込む。

「いえ、なんだか不思議だなあって。ブロスさんとは会って一日も経ってないのに、なんだかずっと一緒にいるみたいだなあって錯覚していました。ブロスさんが信頼出来る人だっていうのは、今までの戦闘でよくわかったので……ブロスさんが自分自身を囮にして戦っていた時は、ひやひやしましたが――」

「先ほどの戦闘、私が危なくなったとき、強化ルインフレームの群れに突っ込んできたときは驚いたが、勇気があるな。キミは信頼できるライダーのようだ」

   ブロスは微笑んで、片腕を差し出した。メイルに握手を求めているらしい。メイルは小さな手を伸ばしてブロスの手を握った。大きくて温かい手で、メイルはなんだかくすぐったい気分になった。

「誰かの為に戦うって、暖かいことなんですね。こんな気持ちは初めてです。私――ジムダルにもにもいえなかったことがあるんです。私はいつも虚無感があって、何に対してもあまり感動できなくて、どこか冷めているところがありました」

「そうか。私も冷めている方なので、気持ちはわかるよ」

「はい。だから人生の中で「本物」とか「生きている実感」が欲しかったんです。でもさっき、ブロスさんと一緒に戦っていたとき、ブロスさんが自分を撃てといって笑ったときに、自分の窮地でも相手のために微笑むことの出来るブロスさんを見て、なにかこう――本物だなって感じがしました」

「自分ではよくわからんがね」

 ブロスが照れたように言葉を濁した。

「それで、ブロスさんを助けるために、新しい呪文を成功させようと必死になっているときの私は、虚無感なんて感じてませんでした。生きているって感じがしたと今なら思います。だから、私、ブロスさんと出会えたのは幸運でした。医務室で会ったのがブロスさんで本当に良かった」

 メイルが微笑んでブロスに言った。

「君が笑った顔は初めて見たな。自分自身の虚無や欠落について考えても、人間は生きてきたとおりにしかならないものだ。空虚ならば、自分で生きる指針を作らなくては。キミがこれから何をするかのほうが大事ではないかと私は思う。それを考えているうちに、キミの中に本物が芽生えたり、生きている実感というのがわかるようになるさ」

「私の中に本物……? ブロスさんみたいに命が懸かった窮地で、相手のために微笑める人になれるんでしょうか? 私は泣いてしまう気がします……」

「それはなんともいえんな……だが私にいえるのは、キミは笑っていたほうが好ましい。私は大人だ。キミのような者がそういう想いで泣かないように、キミの困難を取り除く人間でありたいと思う――君は信頼できる戦士(ライダー)だからな」

「戦士(ライダー)ですか――私がそう名乗っても、おかしくないでしょうか?」

「おかしくないさ。街を一つ護ったんだ。自信を持ちたまえ。君は立派なライダーだよ」

 メイルは自分の中に出来た言葉を、一字一句確かめるように呟いた。そこにメイルの人生における「本物」のきざしが感じられたからだ。

「私も君と一緒に戦うことで、長らく忘れていた「人の為に戦う」という気持ちを思いだしたよ。私にとっても、君との出会いは幸運だった。ありがとうメイル」

「こちらこそ、ブロスさん」

 親子ほど体格差のある二人は、ダロネアの夜空に浮かぶ大きな満月の下、大きな掌と小さな掌を再び硬く結ばせた。

第四話 鋼輔編プロローグ


 水上都市の熱帯夜。王都コロシアム。熱気にあふれる戦場が、今夜は静まり返っている。戦いは行われていた。夜明けまで続く、護龍の王を決める決戦。

 護龍の皇帝である真紅の鎧を纏った重騎士・空皇帝(テオテスカ)に対するは、学生服姿の凛とした青年――刃鋼輔(やいばこうすけ)。空皇帝は巨大な宝剣、ブレードギア・マカナを。鋼輔は大柄の日本刀、ブレード・ギア・倶利伽羅を握っている。

 夜の一刀。空皇帝の一手。張りつめた空気の中、目にも留まらぬ鋭刃の一閃が空を斬る。倶利伽羅が放つ必殺の白刃と打ち合い、打撃のインパクトで火花が散った。

 空皇帝の猛攻を受け、鋼輔は手にした日本刀、倶利伽羅を硬く握り締める。もう一度、己の一撃必殺、無拍の太刀の予備動作に入った。空皇帝の急所を狙い、音速の太刀を繰り出す。無の太刀は光を纏い、明の一刀となる。空皇帝は倶梨伽羅の白刃に向けて、大振りの凄まじい剣戟を放ち、鋼輔の一撃必殺を相殺する。

 拮抗する技量。ぴたりと合った呼吸。互いの剣に込められた無私の心。

 剣の為だけに紡がれる一手。これほどの太刀を振るうのに、相手は一体いかほどの時間をかけ鍛練を積んできたのか。剣戟が続くほど、渾身の一刀をぶつけあうほど、相手の剣と剣に刻んできた己だけの時間を、互いに理解する。命を賭けた斬り合いは、円舞のように延々と続いた。

 鋼輔は空皇帝の剣に、深い夜を見た。夜。鋭い剣戟は夜の如く深い。

 空皇帝は鋼輔の剣に、暁の日を見た。暁。閃乱の一刀は暁の如く眩い。

 お互いに相殺しあう必殺の一刀。

 王都の夜は明けつつあった。暁が夜を追いやり、コロシアムへ朝日が差し込む。夜の騎士、空皇帝の剣の切っ先が鈍る。大振りの宝剣マカナは威力と引き換えに体力を消耗する。一晩中の斬り合いで、重装備の鎧を纏った夜の王は疲弊していた。だが鉄仮面から除く紅い双眸は闘志を失っていない。

 次の一手で決着はつくだろう。一手の先に、立っていた方が護龍の王となる。

 護龍を統べるのは、夜の王か。暁の王か。

 コロシアムの聴衆は静まり返り、新たな王の誕生を決める決戦を見守る。

 鋼輔は護龍の姫であるイシュタムを生贄の責務から開放するために、空皇帝に勝たなくてはならない。だが今は空皇帝との仕合に魅了されているかのように、ただ己が放つ一手に全神経を集中させていた。鋼輔は決意と共に叫ぶ。

「我が蒼刃――倶利伽羅に斬れぬものなし!」

「砕けマカナよ! 紅き断刀の前に――露と散れ!!」

 繰り出される蒼(あお)と紅(あか)の残像――渾身の一閃が火花を散らしてぶつかり合った。


 

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